思い通りに行かない鬱屈した日常を破壊するための最終兵器、それは黄金色に輝く一つの『檸檬』
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか────
病気を患い、借金を抱える主人公の「私」。
思い通りに行かないことによる焦りと苛立ち。
好きな音楽を聴く気にもなれず、好きな詩を読む気にもなれず、
あんなに憧れていた丸善にも行く気になれない・・・・
鬱屈した思いで目的もなく京都の街を徘徊する日々。
そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。
そんな「私」の心を惹きつけたもの────
それは、ありふれた八百屋に並べられた 檸檬だった。
レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。(中略)始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。
ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなるほど、しっくりした感覚。
────つまりはこの重さなんだな。────
檸檬を手にした「私」は、湧き上がる誇らしい気持ちに興奮を覚え丸善に向かう。
自分にとって何が幸福なのか?
大好きだった画集にはもう魅力を感じなくなった自分に気づいた「私」は、
画集をゴチャゴチャに積み上げて、その頂きに黄金色に輝く怖ろしい爆弾を仕掛け、なに喰わぬ顔をして丸善を後にする。
実体としての檸檬による、焦燥や不安といった実体のない感情の破壊
色彩豊かな事物と心情の変化を詩的に描いた近代文学の名作
それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。
(TVアニメ『文豪ストレイドッグス』より)